これを書いているのは2012年の2月であり、東京電力福島第一原子力発電所が爆発事故を起こしてから約11カ月が経過したことになる。
我が家は横浜だが、爆発直後は1週間家にこもって屋内退避生活をし、妻と3歳だった娘は3月17日に岐阜県に避難させた。心臓が凍りつくような恐怖と、死ぬ気で家族を守らなければならないという火事場のクソ力とも言える精神状態。1週間ほとんど寝る事ができず、ウェブディレクターの仕事も放棄して原発と放射能の情報を集め、原子力情報資料室に足を運び、原発事故と襲ってくる放射能プルームを予想し、観測し、出来る限り防御した。
予想した被害のすべてが、予想時には世間に否定され、しばらく後になって被害が実体化するという、最悪のローテーションを繰り返すことになる。
飲み水の汚染が現実になり、食物の汚染が現実となり、愛知県以北の汚染が現実となった。そして、そのすべてが事後に通告または公表されたことにより、情報を持たない人々は微量とは言えない放射性物質により外部、および内部被曝した。
被曝したであろう、ではない、被曝したのだ。
その責任は東電にあり、日本政府にある。
その後11カ月間、政府は「放射能被害は健康に影響をおよぼすレベルではない」という姿勢を取り続け、大胆な規制対策をとらないまま、ずるずると汚染された飲食物を国民に与え続けている。
知らない者、国を信じている者は日々の生活の中で、食事に依って被曝し続けている。
乾燥が続き、風が強くなると放射性物質が舞い散るということを知らない者は呼吸によって被曝し続けている。
高濃度汚染地域では、いまだに毎時0.3~10マイクロシーベルトという信じられないような高い放射線量の中で生活を続け、風向きによっては爆心地である東京電力福島第一原子力発電所から大気中に放出されているフレッシュな放射性物質が到達し、それを呼吸している。
これから紹介するのは、「放射線を浴びたX年後 ビキニ水爆実験、そして・・・」と題された日テレ系NNドキュメント「3.11大震災シリーズ27」である。
内容は以下のとおり。
1954年。18ヶ所の漁港に鳴り響くガイガーカウンターの音。水揚げされる被ばくマグロ。南太平洋から戻るマグロ漁船の船体や乗組員の衣服、頭髪、そして魚からも、強い放射能が検知された。アメリカが太平洋で行った水爆実験は、広大な範囲で大気と海水と魚などを汚染。「放射性降下物」は、日本やアメリカ本土にまで届いていた。しかし事件から7ヶ月後。被ばくマグロが続々と水揚げされる中、日本政府は突如、放射能検査を打ち切った。数日後、両国政府が文書を交わし、事件に幕を引いたのだ。人々の記憶から消え、歴史から消し去られた被ばく事件。なぜ、これまで明るみに出なかったのか。そこには、両政府の思惑と人々の切実な思いがあった。8年にわたる取材から事件の全容を浮かび上がらせる。
この作品の中に我々が見慣れた映像が出てくる。
放射性物質の風に依る飛散経路をシュミレートしたアニメーション。
ガイガーカウンターでの計測。
そして、そう思いたくないが、類似して聞えてしまう状況。
被害の矮小化、放射能による健康被害の否定、、
チェルノブイリ事故の映像と同様に、
この映像には、我々の住むこの国ですでに起き始めている事、そして、これから起きる事が描かれている。

















